2006年03月21日

インドでわしも考えた。

いよいよインドを発つときがやってきました。

これまでの記事を読み返してみると、どれも言うなればインドの光の部分で、僕が目にしたインドの半分でしかありません。


そこで、最後にインドの影の部分を紹介するとともに、これを読んでいる人にも何かを感じてもらえたら、と思います。




インドで旅行者を悩ませるものの一つに、物乞いが挙げられると思います。

彼らは外国人だろうとかまわずお金を求めてきます。(むしろ、外国人だと執拗に迫ってくる)

いわゆる「バクシーシ」ってやつですか。




想像してみてください、みなさんならこういう時に小銭を与えますか。


ボロボロの服を着た、垢だらけの子供たちに手を差し出されたら?


道端でヨボヨボのおばあちゃんが悲しそうな顔で手を差し出してきたら?


ボロボロの服を着た小さい女の子が、丸裸の弟を抱きながら「この子にお金頂戴」の手を差し出してきたら?


手の指が腐れ落ちたハンセン病の人が手を差し出してきたら?


餓鬼のようにやせ細り、今にも死にそうな人に見つめられたら?


お兄さんの押す乳母車に乗せられた、両手足のない弟が手を差し出してきたら?





これらはすべて僕が目の当たりにした出来事のほんの一部です。




では、この人たちにいくらかお金をあげたら、彼らはどうするでしょう?




ありがたそうにお金を受け取り、お礼を言ってくる・・・

なんてことは皆無です。



彼らはにこりともせず、去っていきます。

あまりに少ない額をあげると、「もっとくれ」と、さらに手を差し出してきます。




「それでも自分ならいくらかあげるよ。」、という人。


こういう人たちが、1日に20人も30人も寄って来るとしたらどうしますか?

いちいち対応しますか?




この対応の仕方については、旅行者によってまちまちです。

インド人でもあげている人、まるで犬を扱うかのように追い払う人、まちまちです。


体が不自由な人にはあげる、という考え方の人もいます。



もちろん、どれが正しいかなんてありません。



一説では、身体障害者はそうしてお金をもらって回ることで、家族の生計をたすけているらしいです。


ある金持ちインド人は、「彼らは今にも飢え死にしそうにみえるが、ちゃんと最低限の食料はあるんだ。あれはビジネスだ。」って言ってました。




このあまりに激しい貧富の差の背景には、カースト制をはじめとする社会制度があると言われています。


まぁ、それさえも外国人の僕には本当かどうかわかりません。



ただ、こういう決して日本ではありえないようなことを目の当たりにすると、

「幸せってなんだろう?」

「生きるってなんだろう?」

ということを考えずにはいられません。



今回もたっぷりと考えさせられました。



明らかに、今後どんどん貧富の差が拡大しそうなインドを見守り続けたいと思います。




posted by keisuke at 21:09| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | インド旅行2006 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近読んだ本に
私たちはみんなエリートだと書いてありました。
食べ物にも困らず、学校にも行ける。
世界の何%の人がこのような恵まれて環境にいるのか。
生まれ変わっても、次にこのような環境に生まれてくるのは、かなり確立は低いと。

旅のときに感じたことは喉元過ぎればで終わりにしたくないね〜。

東京は今日、開花宣言したよ。
Posted by mari at 2006年03月22日 00:39
貧富の差。これってホントに大きな問題だと思う。
人間をとても卑しくする。。。お金の嫌いな側面です。

日本でもその差は少しずつですが、出てきてます。目に見えて。。。
ビジネスに関して言えば、何となく景気回復感が漂ってますが、その実態は未だ見えず。

お金を持っている人に、上手く操られている、そんなようにも見えるかな。

本当の豊かさって何かね。
僕らがバンクーバーで過ごしていたような、お金なくても、自然があって、友達がいて、そこそこ食べれて、笑いもあって。。。
みんながそういう生活ができることが豊かさ(こころ的にも、お金的にも)なのかもしれない、と近頃思います。
Posted by maro at 2006年03月23日 08:41
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